おしらせと余談

東京弁当生活帖。ができるまで(完成編)

「東京弁当生活帖。」ができるまでのお話。さて、すべての弁当とおかずの撮影が終わるや否や、次にテキスト書きと確認&修正作業が猛スピードで始まりました。毎日締切という名の形の見えない魔物に追われていた焦燥の日々であります。

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怒涛の締切地獄がはじまった

東京に戻った10月16日(例の有楽町アンテナショップ爆買いデー)、この頃のスケジュールを見てみると大体このような感じで進んでいるのですが、メールを見返すともう同時進行しているものが多すぎて自分でも判読不可能です。頭の中が色んなフォルダに分かれていたんだなあ・・・もうできないけど・・・。

     icon-clock-o 10月17日 本文テキスト締め(→終わらず延期)
     icon-clock-o 10月20日 海外・物産コラム完了
     icon-clock-o 10月21日 定番、個性派、道具、仕込みコラム完了
     icon-clock-o 10月25日 本文残り25個、で風邪をひき映画祭
     icon-clock-o 10月28日 カバーのたたき台ができる
     icon-clock-o 10月31日 本文残り全部完了
     icon-clock-o 11月9日 画像補正を半日でやっつける
     icon-clock-o 11月11日 原稿チェックスタート
     icon-clock-o 11月17日 アー写、プロフ、プレスリリース準備
     icon-clock-o 11月25日 最終チェック原稿ができる
     icon-clock-o 11月28日 ブログ用PRページづくり

こうしてみると、本のほとんどの文章は夜中にバーっと書いて2,3日で完成させたのを思い出します。残り25件のネタに詰まり、これは映画祭の仕事の合間にひねり出して書いていました。途中で脳みそがぐるぐるになって「あれこれ書いたっけ」と読み返したりなどもよくしました。

スクリーンショット-2017-02-13-23.40.07 icon-camera 当然文字数カウントシートも作成

ちなみに編集中島さんはこの間デザインラフを固めたり、テキストの構成や内容のチェックをしたり、足りない写真の催促をしたり、と出来上がったパーツをどんどん並べていくお仕事をしています。あと、わたしを褒めて励ますという役目も常時ONです。わたしは褒められて伸びる子です。

5B11AB26-5E49-46B6-92CC-380A405816C9 icon-camera 紙の種類や補正程度を決めるテスト印刷

表紙のお弁当(キムチチャーハン)もおまかせで決めてもらいました。たまたまユニコーンのツアーグッズだったバンダナが表紙になりました。よしよし。幾つか忍ばせておいた甲斐があったというものよ。

アー写どうするの問題

著者プロフィール写真、すなわちアー写(アーティスト写真)はお友達のイワタナオちゃんに撮ってもらいました。彼女はライブ写真やバンドのアーティスト写真などを多く撮影していて、知り合ったのもそれキッカケです。

スクリーンショット-2017-02-07-11.10.07

例の映画祭で六本木ヒルズをうろついていたときに早朝にナオちゃんを呼びつけて撮影。お天気がよくて良かったのですが、このポイントはあっという間に日陰になってしまったので二人で自然光を求めて四苦八苦。東京弁当生活だから東京タワーでいいや、ぐらいの凄まじく適当な理由であんな写真になったのですが、いい記念になりました。著書には表記無いけどわたしの初めてのアー写をありがとう、ナオちゃん。

アー写、と言われたとき最初はレモンを持ってザ・テレビジョンみたいなの撮ってもらおうと思ってたんだけど(告白)今となってはそんな無謀なことしなくてよかったと思っています。心から・・・。

コンプライアンスにひっかかる問題

普段このように個人ブログだからってフリーダムに書いている文章ですが、当然ながら中島さんやプロの校閲さんのフィルターに引っかかる言葉が大量にありました。これらは想定内だったのでひとまず気にせず書いたのち、修正してもらいました。例えば・・・

  • 独居老人か→おばあちゃんちか(家メシ)
  • 麻薬のように→中毒になる(ギロッポンのジャンク弁当)
  • オエってなった→ダメだった(普通のサンドイッチ弁当)

ほうら、わたしのブログがどれだけ引っかかるかココだけを見てもよくわかるでしょう(微笑)。普段ふんだんに使っている直接的表現や比喩は拙ブログの特徴でもありますが、沢山の表現が「東京弁当生活帖。」ではまろやかに修正されています。うふふふ。

IMG_8734 icon-camera 文字統一や直しの様子

その他にも表記ゆれの統一や細かい内容の確定などがあります。鶏ガラスープor中華スープ、たまごor卵、このドレッシングは何か、フルーツは合っているか、ここは何を指しているのか、本文とレシピをよりリンクさせる為に書き直し、などなど。そもそも「いつもの駄文を規定文字数で書く」というのが作業開始当初なかなかに苦しかったのですが、これらの細かい訂正やそれに伴う文章再構築に頭を悩ませるというのも後半の困ったポイントでした。

それから文中に出てくる著名な料理家先生には中島さんから確認を入れてもらい、少し直したりもしました。影響を受けた先生のお名前を登場させていただけるなんて、一介のブロガーにとってこんなありがたいことはありません。なむなむ。(←だからこういうのがダメなんだよ!)

まだまだ終わらない編集作業

そんな作業をちまちまと進めながら、お口がムズムズしたままブログを右から左へ書き流すことしばし。12月1日、情報解禁日。ようやくこの半年弱の気持ちの悪い状況を説明できる日がやってきました。思えばここがわたしのゴール地点だったのかもしれないわねえ。

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しかしながら、ここまで来てもまだまだ本は完成しません。本ってこんなにギリギリで出来るんや・・・!というのを初めて知ったよ。情報解禁後もまだまだ作業はつづきます。

     icon-clock-o 12月5日 校閲お直しスタート
     icon-clock-o 12月12日 最終赤字チェック
     icon-clock-o 12月14日 校了
     icon-clock-o 12月19日 初版発行部数が正式に決定

IMG_8732 icon-camera カバーの紙を決める(左が高いやつ)

校了日には中島さんから達成感あふれる終わりましたメールが来たのですが、こちらとしては特に実感がないので「ふーんおつかれさまです」と他人事のようなレスをしたところ、憤慨されました(笑)いやーいまだに著者としては実感は湧いてないのが実情です。

そして見本を受け取ったのが年明けの1月10日。16日には配本日となり、お世話になった方や実家にできたてホヤホヤの本が送られていき、18日に無事発売日を迎えました。わーーパチパチパチ。(カンボジアにいたくせに)

思い出は走馬灯のように

こうして半年かけて水面下で行われていた「東京弁当生活帖。」の製作作業は終わりました。大変だったか、と言われたら、好きなことをやっていただけなのでそんなに大変だとは思わなかったのですが、果たしてもう一度あれが出来るか(特に地獄合宿)と言われたらちょっと回答には困りますな。

P1013781 icon-camera まだ半袖だったあの日

P1013686 icon-camera あわててFBを始めたあの日

P1017618 icon-camera 毎日弁当おかず食ってたあの日

P1013327 icon-camera 写真に苦労したあの日

P1011725 icon-camera 鍋が足りなくなったあの日

おかげさまで「東京弁当生活帖。」たくさんの方にお読みいただいております。こんな過程を経て作られた本なんだよ、というのを踏まえつつ、またたまには読み返していただければ幸いでございます。

以上、東京弁当生活帖。ができるまで、でした。おわり。

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